「基本を知らずに自己流で山を登っている人が多い」なというのが、登山のサークルを始めたきっかけだった。
「歩く」という行為は誰にでもできることゆえ、登山にもやり方・歩き方というものがあるのだ、ということが認識されにくい、というのがその一因であると思う。
ただ、冬山だけは、それなりの装備と経験を積んだ者のみに踏み込むことが許される世界であるゆえ、夏山のような軽率な登山者はほとんどいない筈だと思っていた。
だが、近年、そうでもないようなのだ。
八ヶ岳や上州武尊山、谷川岳のような冬山入門の山でもそうだが、最近は北アルプスでもハンドコイルを巻いた登山者を見かけることがほとんどなくなった。
ハンドコイルというのは、ピッケルを持つ手にザイルを何周か巻いておくことで、万一パートナーが滑落した時、ピッケルを雪や氷に打ち込んで滑落を止めるためのものである。多少の練習は必要だが、ハンドコイルをピッケルにひっかけておけば、仮にガチガチの氷雪であっても、ピッケルを氷雪に打ち込んだ後、ブレード(ピッケルの尖っていない方)を登山靴で踏みつけることによって、大抵の滑落は止めることができる。雪山におけるコンティニュアスビレイの基本中の基本である。
ハンドコイルがなければ、パートナーが滑落した時には、胸にブレードを当てて、雪面にダイブするしか止める方法はない。
胸にブレードを当ててダイブすれば、肋骨にヒビが入るぐらいのことは当然ありうることで、もちろん、ハンドコイルで止められなければ、そうするしか制止の方法はないのだが、余ったザイルを手元に巻いておくだけでそれが回避できるのなら、そうしない法はない。
そもそも、体重をかけた雪面ダイブと、ピッケルを大きく振りかざして打ち込んだ後に登山靴で踏みつけるのと、どちらがピッケルを打ち込む力が強いかという話でもある。
また、ナイフエッジでガチガチに凍っている時は、ハンドコイルを巻いたピッケルを岩の隙間に打ち込むしかない場合もある。
それなのに、見かけないのである・・・
そもそもアンザイレンすらあまり見かけなくなった。
どこで登山を学んでくるのか知らないが、ザイルを持っているのに結ばない、アンザイレンしているのにハンドコイルを巻かないというのであれば、何のためのザイルかわからない。
挙句の果てに、「巻き添えを食いたくない」からザイルは結ばない、と宣言する輩までいる始末である。
ザイル確保していたパーティが丸ごと滑落して複数死亡する事例が後を絶たないことがその理由だそうだが、前述のようにハンドコイルを巻いていなければ、ピッケルを抱えて雪面ダイブしない限り、他人の滑落を止めることは至難の業である。
それなのに「コンティニュアスビレイで他人の確保は不可能」なんて言い出すのだから、あきれてものが言えない。
もちろん前述のようにハンドコイルなしでアンザイレンしたら、危険度は人数分増加する。
すべて道具というものは「使い方」が肝心で、「ロープで繋ぐと安全か危険か」という話ではなく、「使い方」を間違えればかえって危険だということなのだ。
コンティニュアスをするなら、ハンドコイルを用いた制止方法を含めた滑落防止技術を十分に練習してから行うべきだが、 その基本がおろそかになっている。
その結果、「一緒に落ちるのはイヤだ」と言ってザイルを結ばないのであれば、本末転倒もいいところで、冬山に登る資格はないと思う。
一度事故が起これば、他人を巻き添えにしたり、多くの人を救助活動に巻き込むことになる。
十分気を付けていても事故はゼロにはできないかもしれない。
だが、「滑った時は自己責任」というのであれば引率者は無責任に過ぎる。
お願いだから基本はしっかりと学んでほしい。
また指導者やリーダーたちは基本をしっかりと教えてほしい。
道具の進化に加えて、「ココヘリ」とか「ビーコン」とか、救助の方法が進化しているのは大いに結構なことだが、まず「事故」を起こさないために「基本」を学ぶことが何よりも大切だと思う。
冬山よ、お前もか!